Valves' World 番外編その7
EQカーブ切替つきプリアンプ

回路図

測定結果・基本性能

測定結果グラフ

イコライザー特性グラフ

ユーザーレポート

古いレコードの中には現在一般的になっているRIAAカーブとは
違ったイコライザー特性で録音されているものがたくさんあります。
それらを普通のプリアンプで再生すると高音や低音が強調されたり、
逆に抑圧されて不自然な音として聴こえてしまいます。
ドイツ駐在時代にそれらのレコードを蒐集された今回のお客様も、
トーンコントロールなどを駆使してしのいでおられましたが、
煩雑な作業ですし、なかなかピッタリとはいきません。
そこで代表的なカーブを備えたプリアンプの製作となりました。

例によって花梨無垢材を使ったウッドケースに収めてみましたが、
一枚ものは入手不可能ですので、いつもパワーアンプに使っている
板材を組み合わせて作りました。
本体サイズ 428mmx303mmx168mm
前後突起部は含まず(高さはインシュレーター共)

端子類は入力としてフォノ、ラインがそれぞれ2系統、
出力はプリアウトと録音出力が1づつ、
必要数をお聞きして 最小限にまとめました。
フォノはステップアップトランスをお使いですので、MMレベルです。

前面パネルのスイッチ等配置
左から電源スイッチ、バランス、ボリューム(上)、モード(下)、 入力切替そしてEQカーブ切替

内部は左3分の一以上が電源部で、その右のアンプ部分とはしっかり隔離してあります。
中央がフラットアンプ、右端がイコライザーアンプと6種類のイコライザー素子、
およびそれらを切替える機構的な部分で、ここもかなりのスペースを割いてあります。

以下、内部詳細写真ですが、実際にはこの上をさらにアルミパンチングボードで覆ってシールドします。

最後は全面をアルミパンチングボードで覆います。


基本回路図

プリアンプとしての基本回路は以前から自家用プリにも多用している、 カウンターポイントなどで有名な
6DJ8を使ったもので、 それに6種類のイコライザー素子を組み合わせ、切替えて使えるようにしました。
このプリアンプの元となった製作1号機 (現在は神戸にお住まいのお客様のところで
可愛がっていただいております)
は本HPの英語版のところで 少し紹介しておりますので
既にご存知の方もあるかと思いますが、 今回新たな製作を機にその全容を公開することにしました。

まずイコライザーはノイズ面でNF型に劣りますが、素直な特性が得られるCR型を採用しています。
普通のプリアンプ回路と大きく違うところは、その動作電流で ちょっとしたパワーアンプ並みの電流を流し、
音痩せしない芯のある再生音を実現、 さらに各真空管はカソードバイアス回路ですが、
ここで通常使われる カソードパスコンはすべて省いてあります。
ただ、そのためには電流帰還の影響から 逃れるためカソード抵抗は100Ω以下となりますが、 これで
動作可能なバイアス電圧を得るためには先の大電流が必要で、 10mA前後を流して0.8V程度を確保しています。
バイアス0.8Vというと通常使われることのない動作範囲ですが、 極めて直線性の良い部分で
微小信号の増幅にはうってつけです。 ただ、元々Gmの大きな球ですし、
より不安定な動作条件で使うわけですから グリッド回路のパラ止め1KΩは必須です。

さらに、パスコンを省くことにより、カソードがアースから浮いてしまうので
ヒーターハムなどのノイズには不利になりますが、これはヒーター電源の 完全DC化で対処しています。
また、大電流動作による真空管固有のショットノイズの増大も気になりますので、 プレート電圧を極力下げ、
なおかつ多数の中から選別するという作業は避けられませんが、 6DJ8はこのような使用法にもっとも適した球で、
良い音のための努力にはしっかりと報いてくれます。 以前は6AQ8という優れた球があり、
μも若干大きくて使いやすく もっぱら重用していましたが、最近は入手難でこの6DJ8に乗り換えました。

なお、アンプ全体としては都合3箇所のカップリングコンデンサーが入りますが、 それぞれオイル、フィルムなどを
試聴しながら使い分け、 単独あるいは抱き合わせで使用していますし、EQ素子のコンデンサーも
マイカ、スチコン、フィルムなどを同様の手法で使っています。また、この部分は 他のカーブと部品を共用せず、
一つひとつが完結した状態でユニットを構成していますから、これだけを交換して 他のカーブを得ることも可能です。

電源部はアンプ全体で60mA以上を必要とし、小さなパワーアンプ並ですし、 漏洩磁束も大敵ですから
シールドのしっかりしたPH-100Sを使いました。 B電源はオーソドックスに真空管整流後にチョークと
抵抗による 2段フィルターですが、ヒーター点火用の電源はファーストリカバリーの ダイオードブリッジと
3端子レギュレーターを組み合わせて クリーンなDCを得ています。

イコライザー素子の切り替え部分などを除けば他の 回路自体はシンプルでとくに難しいところはありません。
電源部からの漏洩ハムやヒーター電源の完全DC化、アースポイントの選定および 配線の取回しなど
一般的な注意を守れば自作も可能と思います。
今回はすべての定数など公表していますのでチャレンジしてみてください。
ただし、μVレベルの信号を抜かりなく増幅するためには 良く整備された高感度の測定器類は必須です。
(各イコライザー素子の定数は前後の入出力インピーダンス、
実装時の浮遊容量などさまざまな要因で不確定なものとなりますので記載しておりません。
また根拠となる各カーブのターンオーバー、ロールオフなどの時定数については
ネット上にかなりの情報がありますので割愛させていただきます)


測定結果

当工房のアンプはすべて詳細な測定を実施しております。
データで音がわかるわけでもありませんし、物理特性を 追求するアンプでもありませんが
お渡しするアンプの 健康状態だけは把握しておきたいと思っています。

なお、このプリアンプの測定は実際の使用に則した条件を前提に行い、
見かけの数値を良く見せるような、たとえばノイズなどを
VOLを絞り切った位置で測定、あるいは最大出力に対するS/N算定など といったことはしておりません。

基本性能

最大出力電圧 10V
定格出力電圧 1V
周波数特性 5Hz(0dB)〜 33KHz(-1dB)
歪率 0.1%以下 (1KHz 定格出力時)
出力インピーダンス 1.8KΩ (1KHz)

入力感度 (定格出力1Vに要する入力電圧)
Phono  2.8mV
Line   140mV

入力インピーダンス
Phono   47KΩ
Line   160KΩ

Phono許容入力電圧 (1KHz)
 55mV(歪率0.1%時)
400mV(歪率1%時)
900mV(クリップ点)

ノイズ電圧
Phono→Pre Out(入力端子1KΩ終端)
音量VOL.中点 0.3mV(補正なし) 0.04mV(JIS-A)
音量VOL.最大 1.3mV(補正なし) 0.09mV(JIS-A)

Phono→Pre Out(入力端子開放)
音量VOL.中点 0.5mV(補正なし) 0.05mV(JIS-A)
音量VOL.最大 1.8mV(補正なし) 0.18mV(JIS-A)

Line→Pre Out(入力端子1KΩ終端・開放とも)
音量VOL.中点 0.15mV(補正なし) 0.02mV(JIS-A)
音量VOL.最大 0.2mV(補正なし) 0.03mV(JIS-A)

定格出力1Vに対するS/N (JIS-A)
Phono 80dB以上
(1000/0.09mV)

Line  90dB以上 
(1000/0.03mV)

チャンネルセパレーション
Phono→Pre Out L⇔R
1KHz 77.5dB
100Hz 70.5dB
10KHz 64.3dB

Line→Pre Out L⇔R
1KHz 78.5dB
100Hz 71.5dB
10KHz  66dB

クロストーク
Phono1 ⇔ Phono2
100〜10KHz  65dB
Line1 ⇔ Line2
100〜10KHz  70dB
Phono1、2 ⇔ Line1、2
100〜10KHz  80dB
Line1、2 ⇔ Phono1、2
100〜10KHz  65dB


測定結果グラフ

入出力特性

1KHz時の入出力特性です。
入力に比例して出力40V歪率5%付近までリニアにのびています。
MMカートリッジの出力2.8mVでフラットアンプ部の入力感度140mVが得られます。
(Phono→REC OUT端子にて測定)


同じく1KHz時の入出力特性 入力1600mVで最大出力10.3Vが得られ
これ以上で波形クリップが始まります。
定格出力1Vに要する入力は140mVです。

歪率特性

よくあるように出力対歪率という捉え方でグラフにしてみました。
パワーやラインアンプの場合は出力対歪率で直感的に見えてきますが、
イコライザーアンプとしての能力を判断するには不適当な表示だと思います。
知りたいのはカートリッジの出力にどこまで耐えられるか、ですから。

(Phono→REC OUT端子にて測定)


こちらは入力対歪率であらわしてみましたが、これで
イコライザーアンプの 重要な要素、許容入力が判断できると思います。
歪を0.1%までと厳しく制限した場合、許容入力は55mV
これは MMカートリッジでレコードを再生したときに予想される最大出力80mVp-pに
匹敵します。(この数字の根拠については宍戸公一氏の著書をご参照ください)、
さらに歪1%まで容認すれば400mVの入力に耐えられますし、
一般的に慣例となっているクリップ点までですと 900mVまで受け入れ可能ということになりますが、
特筆すべきはMMカートリッジの通常出力である 数mVの範囲は0.02%という低歪域に収まっている点です。

(許容入力何百mVと豪語しても、その中身が大事です)
(Phono→REC OUT端子にて測定)


フラットアンプ部は普通どおりの表示方法です。
予備実験で定格出力1V時0.1%は可能と目論んでいましたが、
6DJ8の厳選で0.06%を達成できました。
これも最大出力何十Vと大きさを競っても意味がありません。
一般的なパワーアンプが受け入れられる入力は1V、
やや感度の低いアンプでも2Vもあれば十分です。
大事なのはパワーアンプが必要とする、この1〜2Vの出力電圧から下のところの特性です。


出力インピーダンスは1.8KΩ、低域端でやや上昇し、 20Hzでは約3KΩとなりました。
フラットアンプ段SRPPのカソード抵抗を 100Ωから50Ω程度に下げれば
さらに出力インピーダンスを下げられますが、
ここは宍戸氏も言っておられるように音味の方を優先しました。


低域は5Hzまで減衰なし、もちろん波形もきれいなサイン波のままです。
高域は33KHzで-1dBと、NFBを多用した広帯域アンプのようにはゆきませんが、
SRPP1段としてはまずまずの特性だと思います。


イコライザー特性


6種類を同一グラフ面に並べてみましたが、高域側では 重なってしまい
見づらいので以下に各カーブごとに表示してみました。
なお、各カーブの定数はRIAAを除いて確立されたものがあまりありません。
ここでは一般的に定説とされているものに従ってEQ素子を組んでみました。


まず一般的なRIAAカーブで、これは説明の必要もないと思います。
一応±0.3dB以内に収まっています。


RIAAに比べて低域は浅め、高域は深めといったところですが、
中域のうねりが少なくなっています。


高域、中域はNABとほぼ同じですが、低域はさらに浅めです。
Columbia以外にDecca、HMV、Vanguard、VOXなどのレーベルにも
このカーブが 採用されていたようです。
なお、このカーブはLP時代のものですがSP時代の低域をのばしたものもあるようです。


低域を除けばRIAAにかなり近いカーブで、定説がかなり乱れていて
これよりさらに低域をのばした例もありますが、
当時のレコードに そこまでの音域が録音可能だったか不明ですし、
程ほどのところに抑えてあります。


これは他と比べて全体に浅めのイコライズで、このレコードを
RIAAで再生すると低域がかなり強調されてしまいます。


本来低域は無制限にのびているAESで、昔はそれでも
アンプ側の時定数で制限され弊害はありませんでしたが、
今のアンプではこの程度に抑えておくべきでしょう。



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