STC4212超ウルトラ弩級シングルアンプ 
モノラルx2


 神戸市須磨区のAさん発注のアンプです。この超大型出力管STC4212の 採用に至った経緯は 工房日誌に記載させていただきましたが、Aさんが一目惚れした この球の性能を十分発揮させるための回路構成と、その存在感を誇示できる デザインに心を砕き、標題のごとく接頭修飾辞2段重ねが恥ずかしくないアンプとして、 約半年お待たせした末にようやく完成させました。

回路図

測定結果

ユーザーレポート


Front view 

 較べるものがないとその大きさはあまり実感が湧きませんが、 一番手前の真空管が通常オーディオ業界では大型出力管といわれている 211です。しかしこうしてみると211も赤児のようなものです。


Front view-1 

 トランスカバーと出力管ガード フル装備時


Front view-2 

 トランスカバーのみ装着


Front view-3 

 両方外すと一般的なアンプの形態となります。 左の電源トランスと右出力トランスの高さが130mm程ありますから、 出力管の大きさが想像いただけると思います。


Top view

 出力トランスは旧タンゴのX−5Sと同等品をISOさんに巻いてもらいました。 その他はいつも使っている大型ドライバートランスNC−20、 タムラPC3012とA4004、それに1500V耐圧オイルフィルムコン、 初段のC3g、整流管などがシャーシ上に並んでいますが、 これらはトランスカバーの中にみんな収まります。
 入力は1系統でVOLつき、スピーカーアウトは3組で 各々が4−8Ω切替とOFFが出来ます。


 右側電源トランスなどの所には下の写真のように4212のフィラメント電源 14V6Aを供給するためのスイッチングレギュレーター3台が収まります。


内部拡大写真は こちら

基本回路図


 基本回路は以前製作した211−845フルコンパチアンプとほぼ同様ですが、 4212のバイアス電圧は36Vとかなり低く、845などの時よりドライブは 随分楽になりました。このドライブ回路でピークパワー時に 出力管のグリッド入力電圧は60数V に達していますから完全なA2級ドライブ、プラス50V付近まで 振込んでいることになります。 ここまで振込んでもグリッド電流はほとんど流れない素直な出力管で、 強力なドライバー211(845)とトランスの 優秀さとあいまって大出力が実現できています。
 NFBはゲイン調整、歪率改善、音質など 考慮のうえ、ドライバートランス、出力トランスそれぞれ2次側から 数dBづつ、合計10dB弱を施しています。
 ドライバーは211と845が差替え使用できますが、そのためのバイアス抵抗 切替スイッチをソケットすぐ脇に設けてあります。
 電源部は前回のように内部をご自分で弄れる方ではありませんから、 長期安定動作、メンテナンスフリーを主眼に経年劣化の少ない オイルコン、フィルムコンなど高品位パーツを多用してまとめていますし、 高圧部も遅延動作が期待できる整流管使用としました。
 4212のフィラメント電力84Wをどうするか悩みましたが、 電源トランスの特注によるコストアップと重量・容積増大を 避けて、初の試みですがスイッチングレギュレーターを採用してみました。 完成後の測定で懸念されたスイッチングノイズが2百数十KHzあたりに ごく低レベルのノイズ波形として観測されましたが、 無論可聴帯域のはるか外ですし、実害のあるレベルではありませんので 実用上問題ないと判断しました。

 今回使用の出力管STC4212EはWEの212と同等管で1940年代に 英国で生産された真空管です。 211の後継増強モデルとして開発され、 250W級の発振、増幅、変調用となっていますが、 オーディオ用途にも多用され、戦時中は大型PAアンプの 出力管としても活躍したそうです。 今この平和な日本で音楽を奏でるために使われる4212、 なにか感慨深いものがありますね。

 STC4212についての詳しいデータはこちらの PDFファイルをご覧ください。

 なお今回の制作費参考価格100万円は、当方が数年前に入手したSTC4212の 仕入れ価格を基準にしておりますので、現在の相場とは程遠いことをどうかご理解ください。

測定結果

当工房のアンプはすべて詳細な測定を実施しております。
データで音がわかるわけでもありませんし、物理特性を 追求するアンプでもありませんが
お渡しするアンプの 健康状態だけは把握しておきたいと思っています。

基本性能
出力 40W
 所要入力 560 (700)mV カッコ内はドライバーに845使用時
歪率 0.2%以下(1KHz1W時)1%以下(同10W時)
周波数特性 7Hz〜98KHz(1W時−1dB)
19Hz〜60KHz(30W時−1dB)
  ダンピングファクター 3.3
残留ノイズ 1.3mV以下 補正なし
消費電力 320W
本体サイズ 440Wx380Dx410H
重さ 34Kg

  入出力特性

クリップ点は40W、そのご50Wまで入力に応じて増え続けます。

出力対歪率特性

 いわゆるソフトディストーションタイプで歪の耳につきにくい 素直なカーブになっています。なおドライバー211と845の差異は 僅少で数値に表れるほどのものはありません。ただし音の傾向は 繊細な211、やや図太い845と明らかに違いは出るようで、 ソースによって使い分けも楽しめそうです。

周波数特性

 例によってドライバートランスの優秀さがいかんなく発揮され、 トランス結合アンプとは思えない広帯域を確保していますし、 出力トランスも充分余裕があるようで大出力時の狭帯域化は 最小限に抑えられています。

ユーザーレポート

ユーザーからのメールによる評価です。
(Aさんの4212アンプに寄せる想いがこもったかなりの長文ですが、
割愛することなくすべて原文のまま 掲載させていただきました)

(なお長文ですので PDFファイルにしたものを用意してあります。
ダウンロードしてあとでゆっくりご覧になってください)

STC4212インプレッション

 STC4212アンプが我が家に来て二月以上経ちました。エージングもすすみ、 いよいよその本来の実力を発揮しつつあるように思います。

 思えば今年の一月下旬、valves' worldに初めて連絡をした時は、 実はこのような大がかりなアンプをお願いするつもりではなく、 手持ちの2A3シングルのアンプを300Bとのコンパチアンプに改造できるかどうかという 相談をしたのでした。
 その後初めて工房を訪れた時もそのつもりでお話しを伺いに行ったわけですが、 tossieさんとアンプやオーディオのお話しをしているうちにいつの間にか真空管の底なし沼に足を取られ、 ずぶずぶと沈み込んでしまっていたのでした。

 そして極めつけは生のSTC4212。「こんなのもありますよ。」 と穏やかに仰ってtossieさんにその真空管を見せていただいた時は本当に魂消てしまいました。 しかしtossieさんはすぐにその真空管をしまってしまわれたのです。 いつかご自分の最後のアンプとして作ろうと思って保管してあるのだと仰った その真空管に魅せられてしまった私は、もう一度見せて下さいとお願いし、 更にこの球でアンプを作ると費用はどのくらいになるかと口走ってしまったのでした。

 その時点でもう私は4212アンプの音を聴いてみたい、 出来れば所有したいと思い始めていたのは言うまでもありませんが、 平凡な月給取りの私にとって決して安くないそのアンプの製作を依頼しようと決めた決定的な理由は、 その後のtossieさんの思いもよらない一言だったのです。

 4212は途轍もなく大きな真空管で、 門外漢の私は勿論、(後に聞いてみたのですが)オーディオショップの店員ですら 実際に見たことのある人はあまりいません。オリジナリティは群を抜いています。 しかしいくら見栄えが立派だといっても肝腎の音が悪くては、又は好みに合わなければ意味がありません。 そこでtossieさんに「どのような傾向の音がするのですか」と当然の質問をしたのですが、 その答えは何と、「私も聴いたことがないから分かりません。」でした。何と正直な、 馬鹿が付くほど(失礼!)正直な。

 目の前の客が、 後一押しで作って下さいと言いそうな状態であるにもかかわらず、 背中を一押しするどころかともすれば冷水を浴びせかけるかの如きその台詞。 しかし天の邪鬼な私はその一言で依頼することを決意したのでした。 勿論その場で決定したわけではなく、その後冷静に考えた挙げ句決めたのですが、 その決定の最大の要素がこのときの言葉だったのです。tossieさんは更にまだ 「一度でも聴いたことがあれば色々とご説明できるんですがねえ。 何せ全く聴いたこともないもので。東京のEというお店にはWE212のアンプを置いているようですけど、 遠いですし。」とまだ不安を煽るようなお言葉を続けておられました。

 tossieさんが、「あくまで想像と予想ですが、 あれだけのスペックや他の真空管とは決定的に違う内部構造など考え合わせると 211や845には無い表現力を必ず持っているでしょうし、 それは楽音の再生に良い影響を与えると信じています。」 とメールで仰ったのは、具体的な費用概算を頂き、ほぼ私の心が決まってからのことでした。 そのことと並んでもう一つ決定的な要素を挙げるならば、やはり配線の美しさでしょう。

 tossieさんは自分の配線など自慢できるほどのものではなく、 もっと配線の上手な人はいくらでもいますと謙遜しておられましたが、 素人目に見ても美しくないわけがありません。しかもそれは合理的な美しさに、 私には見えました。tossieさん風に言えば、「あくまで想像と予想ですが、 これほどの正直さと美しい配線に象徴される高い技術や、 その方が秘蔵にしていた真空管などを考え合わせると他に類を見ない 優れたアンプが必ず出来るでしょうし、それは音楽の再生に 良い影響を与えると信じ」ることにしたのです。  そしてついに、陳腐な表現ですが、清水の舞台から飛び降りるつもりで 私は制作依頼をしたのでした。

 実は昨年の12月末に、 私はAという有名なアンプメーカーの製品(MOS FETのもの)を購入していまして、 1月の最初にはメーカーからもう一台お借りしてモノラルで二台使って 一台との違いを試したりしていたのです。そのアンプはA社の新製品でとても評判が良く、 また評判どおりの美音でした。特にデュアルモノで使用したときのステレオ感の見事さは、 本来持っている燦めくような繊細さと相まってそれまでになかった感慨を覚えました。 同社のフラッグシップモデルも使用していましたが、デュアルモノ使用の方に分があると思いました。 ただそのアンプにもいくつか不満がありました。

 その最も改善したい点は、 奥行き感と楽器一つ一つの分離です。ピアノ独奏や室内楽程度なら全く不満はないのですが、 フルオーケストラともなると迫力や美しさは問題ないのですが、何だか音が塊となって出てくるようで、 楽器の位置が特定しにくく、また立体感に欠け、演奏者達が横一列に並んでいるようにも感じます。 ケーブルを換えたり配置を変えたり、色々と対策はしたのですがなかなか思うように改善しません。 そういった現状の不満点をtossieさんにはお話しして、更にボーカルから、 ピアノから、オーケストラから、またJAZZもCLASSICも上手に鳴らせる、 その上自作のバックロードホーンとB&W N802を鳴らし切るアンプ、 即ちオールマイティなアンプをという素人の怖いもの知らず故の贅沢な話の流れの中で 提案されたのが4212を使ったアンプだったのです。

 本当にそのようなアンプが出来るのか、 若干の不安はありましたので音楽に合わせてA社のアンプと使い分けようと思っていました。   完成に約半年。2月初旬にお願いして、受け取ったのは7月の終わり頃、 暑くて暑くて堪らない日々が続く今年の盛夏の頃でした。tossieさんと お弟子さん達に携えられて、待望のSTC4212が我が家にやってきたのです。  完成品を目にしたときの感想は不思議なことに点検に出していた自分の アンプが久しぶりに返ってきたような喜びでした。恐らく制作途中の写真や、 実物を何度も見ていたからだと思います。

 ドライバー管に211を装着しての音出しでしたが、 最初は真空管アンプは柔らかいという先入観に反してシビアでクールな印象でした。 まだほとんどエージングができていないのがよく分かりましたが、 音の輪郭というか切れ込みというか、細部まできっちりとえぐり出していく厳しさがあり、 エージングされて音にまろやかさが出てくれば理想的な調和がとれそうな予感がありました。 また繊細さにおいても、それが美点だと評判のA社のアンプに勝るとも劣らず、 何よりもこれまでずっと不満であった奥行き感、立体感が、充分に感ぜられ、 エージングを通して更に良くなると思われました。力感、透明感なども申し分なく、 豊かな艶があり、この時点で充分に期待を裏切らぬ音質だったのです。 このバランスの良さは今まで十数台のアンプを使ってきましたが初体験です。 続けてドライバー管を845に替えて聴きたかったのですが、 大やけどを覚悟で差し替えをする人など一人もおらず、この場は211だけ。 まあ私はいつでも聴けるのだから一向に構わないのですけど。

 皆さんが帰られてから、845に差し替えて聴きましたが、 こちらは211と比べるとずっと濃い感じがします。力強さも上回ります。 水彩画の211に対して、845は油彩画、211が和食なら845はフランス料理というところでしょうか。 ジャズならこちらに分があります。ただしヨーロッパトーンの ジャズピアノなどは211の方が良いかも知れません。 今は211は主にクラシックを聴くときに使っています。 ショパンなど最高です。

 最初は全体的に印象の強い845の方が良いように感じられ、 ほとんどそちらで聴いていたのですが、何気なく211に換えて聴いてみると 改めてその透明な個性に気付き、今では甲乙付け難いと思っています。 毎日フランス料理ばかり食っているときっと病気になりますよね。  またスピーカーもノーチラス802と自作D55の二台で聴き分けていますが、 どちらのスピーカーもこれまでに聴いたことのないくらいきっちりと 能力を発揮しているように思います。

 ちょうど才能はあるがチーム全体としてまとまって一つの目的に向かっていかず、 てんでバラバラの勝手なプレーに走っていた阪神の選手達が、星野監督に率いられて 各自の長所がうまく引き出され、チームとして同じ一つの目標に向かって邁進し、 優勝を遂げたように、このアンプの統率力によってCDプレーヤーもレコードプレーヤーも、 そしてスピーカーもきちっと統率されて音楽再生という一つの目的に向かって見事に調和しているのです。

 そういえばN802は星野阪神が優勝したときに大阪の某店の優勝記念特価一台限定というやつを 仕事中に朝から何度も電話してゲットしたものでした・・・ あれから毎日欠かさず音楽を聴いています。聴く時間が以前に比べて倍以上に増えました。 勿論ながら聴きも含めてですが音楽三昧の毎日を送っております。

 長文の割には無駄な文が多く、(しかもそれは書く必要があったからではなく、 子供のように単に嬉しくて書きたかっただけなのですが) 肝腎のインプレは僅かになってしまいましたが、音楽を聴く時間が 倍以上になってしまったという事実は、単に現時点で音がよいからだけではなく、 まだまだ進化していく予感があるということなのだということが分かって頂けたのではないかと思います。

 大袈裟に言えば人生を少しばかり変えてくれたアンプ、それを作って下さったtossieさん、 そして思い切って依頼した自分に感謝して駄文の締めと致します。有り難うございました。

以上、神戸市須磨区のAさんからいただいたインプレッションでした。


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