300B シングルステレオ |
英パートリッジ トランス搭載 |
当工房の近くの伊丹市にお住まいのS氏から、先代から受け継いだ300Bアンプが
あり、自分はアンプのことが分からないので調子の悪くなった時に他人に診てもらったが、
どうも父親が意図していたアンプと違うものになってしまったようなのでと、
持ち込まれました。 見てみるとなんと憧れのパートリッジトランスがのっかっているではありませんか。 こんな機会は二度とないと、二つ返事で引き受けました。 回路構成は12BH7の初段、EL34によるパワードライブというもので、 使用者からハムが気になるという指摘を受けたため、各所にコンデンサーを投入、 整流回路も球とダイオードの混成などなど、色々手を尽くしてあり、 誠実に苦心惨憺された様子は見受けられました。 しかし測定の結果は残念ながら出力は僅か3W程度、ハムは数mV、おまけに左右の出力は逆相という 悲惨な状態でしたし、音は当然聴くに堪えないものでした。 元のアンプについていた真空管ですと、渡されたのは76とWE348A、 自作好きのお父上がその昔、おそらく浅野先生あたりの回路を模したものであることは容易に察しが付きます。 そこでこのうち348Aだけを使ってシンプルな91Bタイプに改装することにしました。 |
上の写真が改装なった300Bシングル91Bタイプです。
出来るだけ費用のかからないよう再利用できるパーツは
と思ったのですが、
シャーシは穴だらけでしたし、おまけに何を思ったか真空管ソケットをはじめ内部パーツの
ほとんどが接着剤で固めてあります。 仕方なく王者300Bに相応しいシャーシを新たに設計、回路もシンプルな91Bタイプにして部品点数の 削減に努めました。それにこのパートリッジ製出力トランスの素性を見極めるにも 凝った回路は避けたかったです。 なお、348Aはお馴染み310Aとほぼ同特性で ベースがオクタル8P、ヒーターは6.3Vとより使いやすい球で、最近とみに高騰の 310Aよりはお勧めの球です。 |
Front view
結局いつもの作り慣れたスタイルに落ち着きました。
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Rear view
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inside
内部拡大写真は こちら |
回路は典型的な91Bスタイルです。とにかくパートリッジの音が聴きたくて、
出来るだけシンプルを心がけた結果です。 そのパートリッジのトランスですが、いわゆる古典的な分割巻きで、 一次二次とも多層に分かれた職人技を要する手の込んだ巻き線構造です。 2次側インピーダンスは 1Ω巻き線が4組、これを直並列組み合わせることで4〜16Ωに対応しています。 つまり1Ω4組をすべて直列につなげば巻き数比は4倍、インピーダンスは この二乗になりますから16Ω、二組を並列にして他の一組づつと直列にすれば 巻き数比3倍で9Ω、二組づつ並列にしたものを直列にすれば4Ωといった具合です。 今回はスイッチを設けて普段お使いのAXIOMの16Ωと他の一般的な8Ωに対応できるようにしました。 ここで、出来上がったアンプを測定していて とんでもないことに気が付きました。いつもどおり各周波数・出力に対する歪率を 測定していたのですが、100Hzの測定で低域は少し悪いかなと思いながら 良くみるとオシレターは10Hzになっています。シングルアンプで 10Hzの歪率測定など、はなから度外視するのが当たり前ですが、 この機会にと思ってじっくり測定してみたのが下にある歪率測定グラフの参考データです。 ちなみに現在入手できる一般的なトランスはと、興味が湧きましたので 手元にあった2種ほどのトランスを乗せ替えて同一条件で測定してみました。差は歴然としています。 (ただしこの数値は限られた2種のトランスによる簡易テストの結果であって、定量的なものではなく、 あくまで参考値ですが およその傾向は把握できると思います。またこれ以外の銘トランスがどこまでパートリッジに肉薄するのか、 はたまた凌駕するのかチャンスがあれば検証を試みたいです) 確かに今こんな出力トランスを作るとすると莫大な費用がかかるでしょうし、 現代の素材や熟練職人不在の現状では不可能かも知れません。 でも兎角非力とされることの多いシングルアンプの低域も、 使うものを使えば立派に再生できるということを 、このトランスは実証してくれましたし、 出力トランスの重要性も再認識させてくれました。 とにかく、何十年も前にこんな素晴らしい トランスがあった事を見せ付けてくださったSさんに感謝しています。 ちなみにこのパートリッジTH4663は、そのむかし神戸にあった サンセイエンタープライスで父上が購入されたそうです。 抵抗やコンデンサーなど小物のヴィンテージ品に拘るのも楽しいですが、 いっそこういう大物に拘って投資してみたいですね。(見つかればの話ですが) それにこんな土台のしっかりしたアンプなら、小物のヴィンテージパーツも使い甲斐があるはずです。 さて肝心の音ですが、さすがに低域というかアンプの土台がしっかりしていますので、 オーケストラのトゥッティでも音が濁ることなく、しっかり聴かせてくれますし、 300Bも最良の伴侶を得たという感じで朗々と歌ってくれています。 とにかく何を聴いても下支えがあるせいでしょうか、安心して聴いていられます。 ところで折角の英国製超逸品出力トランスです。ここはぜひ欧州銘球の DA30やPX25あたりと組み合わせた音が聴いてみたいものです。 このことはSさんに提案済みで、快諾もいただいておりますので 近い将来に実現できるはずです。その時にはまた報告いたしますので ご期待ください。 それにしてもシングルアンプの懐は深いですね。僅かな費用とちょっとした知識・技量があれば 誰でも失敗なく手軽に作れるシングルアンプ。でも投資すればしただけ、それに素直に答えてくれるのも シングルアンプ。シングルに始まりシングルに終わると言われる所以はきっとこんなところにあるでしょうね。 このトランスでその実感をますます強くしました。 なおS氏は長年、月例レコードコンサートを主宰されており、 レコード音楽には造詣深く、その筋では著名な方です。当アンプの試聴なども させていただけると思いますので、ご興味のある方は当工房までご連絡ください。 仲介の労をとらせていただきます。 |
基本性能
出力 9W+9W 所要入力1000mV
全高調波歪率 1KHz1W時 0.4%以下
再生周波数帯域(−3dB) 5Hz〜22KHz
ダンピングファクター 3.0
残留ノイズ 0.5mV以下(VOL最大 入力端子1KΩ終端 補正なし)
本体サイズ 430Wx330Dx230H
重さ 20KG
入出力特性
歪率特性
(参考データの数値は簡易テストの結果であって、定量的なものではありませんが
周波数特性
およその傾向を把握していただくために表示しました)