811AダイナミックカップルドPPアンプ
モノラルx2

B級動作の送信管をA級オーディオで使うさい、とかく問題となるグリッド電流を 逆手にとって、
ドライバーからすべて供給するというコロンブスの卵的 発想で、
811Aのダイナミックカップル方式をアマチュア時代に試作したのが 10年前の1995年、
阪神大震災の年でもありました。 (そういえばこの811Aも何本かオシャカになりました)

その後2002年に初めて製品化に成功、 以後20数台の同方式シングルアンプを
世に送り出してきましたが、 シンプルな回路と高音質が好評で、
コピーしてくださる方もずいぶん増えました。

今回はそれをさらに発展させたプッシュプルアンプの試作です。
構想は1年前からありましたが、受注アンプの製作などに追われ 製作の時間がとれず、
このたび正月休みを利用してようやく 完成にこぎつけました。

大出力多極管PPとは当然違いますし、2A3や300Bなどの
直熱三極管PPとも一味も二味も違う 本邦初公開!?のアンプです。
しいてルーツを探れば、かの有名なAltec Lansingに
この811AをPPで使った劇場用200W級大出力アンプ1570Bタイプがありますが、
ただし、1KVの高電圧をかけたB級動作エキサイターアンプですから、
クロスオーバー歪も多く、およそ現代の Hi−Fiユースに対応できるものではありませんでした。

試作品とはいえ、通常の受注アンプ同様にシャーシ加工や ウッドケースには手間もかけてあります。
末永く使っていただいて、試用レポートなどお寄せいただける方の 手に渡ればこの上ない喜びです。

回路図

測定結果

ユーザーレポート

Front view

シャーシはグレーのハンマートーン、トランス類はタムラカラーに統一、 ウッドケースはチーク無垢材のオイル仕上げ。

Top view

前方から

出力管811Aは当工房セレクト品の中国製、 前段と位相反転が6BL8、ドライバーは6V6、整流管5R4。

Top view

後方から

出力トランスにはタムラの最大級100WクラスF2012を採用、 LUX電源トランスとサンスイのチョークは手持ち品です。 SP出力は4-8-16オームに対応。

Rear view

電源平滑入口はスイッチ投入時500Vを超えますので、 松下製900Vフィルムコンを採用。

inside

シングルの時は不可欠だった811AのDC点火回路が不要のため、 初段周りを除いてゆったりした配置です。

内部拡大写真は こちら

回路図(増幅部は片チャンネル分のみ表示)


基本回路は今までのダイナミックカップルを上下に重ねた A級PPで、
前段や位相反転回路は通常のPPアンプと 変わるところはありません。
試作機ということで最も一般的な PK分割による位相反転を採用しましたが、
ここは今後いろいろな回路も試してみたいと思っています。

NFBはK−NFBなど各種試してみましたが、 専用巻線を使ったオーバーオールが
負荷変動の影響も受けず安定度も良いので いまのところこの回路に落ち着いています。
NFB量は15dBですが、抵抗負荷+容量、負荷開放、容量負荷のみなど、
あらゆる負荷条件にも安定した動作を保っています。
NFB補正回路は微分、積分両者を併用しており、 積分回路の微調整で
高域の歪率をもう少し下げられるかも知れませんが、
特性にこだわり、角を矯めて牛を殺す結果にもなりかねません。
試聴の結果問題なしと判断しました。

出力管811Aは1本あたり400V90mAで36W入力、 これはCCS(注1)の
45Wから見るとかなりの余裕ですし、 ICAS(注2)65Wの5分の3程度です。
試しに整流管を5AR4に替えプレート電圧を450V、バイアス28Vくらいにして
100mAを流すと 50Wの出力が得られましたが、さすがにプレートはうっすら赤熱してきます。
もちろんそれくらいでへこたれるようなヤワな811Aでは ありませんが、
出力38Wで十分ですし、球の寿命を気にしながら 音楽を楽しむというのもいただけません。

DCバランス回路は設けていませんが、数十本の中から選別して使用しています。
このペアは通常の出力管のように動作時のプレート電流値だけでなく、
グリッド電流も揃ったものが必要です。
ドライバーの6V6もペア管の使用が望ましいですが、 揃ったものがない場合には、
それぞれのプレートに抵抗を入れて電圧を 微調整することで使用可能です。
今回は電源トランスのヒーター容量の制約から6V6を使いましたが、
いつものように6L6、6CA7などの多極管三結も使えますし、
また、6AH4、6GA4などの三極管も好結果が得られます。

電源部はPPのおかげで811AがAC点火、平滑回路も大容量コンデンサーなど 不要で
シングルの時よりシンプルになりました。 6BL8のカソード電位が100Vを超えますので
+50Vのヒーターバイアス をかけています。
ドライバーの6V6がヒートアップするまで811Aの プレート電流が流れず、
電源投入直後には平滑回路入口の電圧は550Vくらいに達しますので、
ここのコンデンサーには900V耐圧のフィルムコンを採用しました。
B電圧に350Vくらいのタップがあれば整流管を傍熱タイプの5AR4などに
変更することでこの措置は不要ですし、立ち上げ時のハム音発生も軽減できます。

さて、肝心の再生音ですが、これは多分に自画自賛となってしまいますので
以下は自己バイアスをかけて読んでください。^_^;

まず、最初聴いて驚いたのは、低音域の圧倒的な充実感です。
シングルの時にも811Aにはその片鱗が見られましたが、
PPでさらに輪をかけた迫力を再現してくれました。
もちろん811A特有の高域の透明度の高さ、中域の押し出し にもさらに
磨きがかかり、PPアンプにした苦労に見事に応えてくれました。
モノラル仕様としたことも大きく影響していると思われ、
音像の位置関係もリアルに再現してくれます。

811Aシングルを自作されて既にご体験の方もぜひお試しください。
このPPアンプの素晴らしさを一人でも多くの方に体験していただくため、
当方の持てる情報はすべて公開しております。
不明の点のお問合せ、ご質問など何なりとお寄せください。
また、追試レポートなどいただけると嬉しく思います。

注1 CCS(Continuous Commercial Service)業務用連続使用
注2 ICAS(Intermittent Commercial and Amateur Service)業務用間歇およびアマチュア使用
参考資料 811A Tube Data (RCA Transmitting Tube Manualより)

測定結果

当工房のアンプはすべて詳細な測定を実施しております。
データで音がわかるわけでもありませんし、物理特性を 追求するアンプでもありませんが
お渡しするアンプの 健康状態だけは把握しておきたいと思っています。

基本性能
出力 38W 所要入力 900mV
全高調波歪率 0.1%以下(1KHz1W時)
再生周波数帯域 5Hz〜35KHz(−1dB)
残留ノイズ 1mV以下
ダンピングファクター 4.5

入出力特性

入力900mVで所定の38W出力が得られます。
その後入力を増すと40Wに達しますがその時点でも 歪率は6%台です。

歪率特性

歪の増え方は緩やかでかつ、1W時に0.1%以下、10W時0.3%台、
25Wまでが1%以下と低歪率を達成しています。
グラフには現れていませんが、特筆すべきは20Hz1W時0.1%、
10W時0.2%、30W時でも1%という低域での優秀さです。
今回採用したタムラF2012の寄与するところが大きいようです。

再生周波数帯域

グラフは1W出力時のものですが、20Hz〜35KHzでは この状態を最大出力まで維持していますし、
その場合も15Hzで-0.3dB、 10Hzでも−3dBを保っています。

ユーザーレポート

ユーザーからのメールによる評価です。
(ご本人の許可を得て掲載しております)
 メインシステムのウェストミンスター・ロイヤル&JBL オリンパスS8Rに,811APPアンプを接続し試聴しました。

 ウェストミンスター・ロイヤルを鳴らしたときの第一印象は, 音離れが良くスピーカーが鳴っているという印象を受けないことに大変驚きました。 モノラル構成のため,音場も広くかつホールの高さも実感できます。 ピアノや大太鼓など叩く楽器に対する相性の良さを感じました。 HP上で述べられているように「低音域の圧倒的な充実感,811A特有の高域の透明度の高さ, 中域の押し出し」という表現は充分良く分かります。

 ただし,811Aという送信管のせいでしょうか,私にはやや高域が一本調子で重心が高く感じられます。 300Bが持っているピラミッド型のバランスとはやや異なるようです。 したがって,ヴァイオリンのぴーんと張った音の表現は良いのですが, 情緒面々たるポルタメントなどの表現はやや物足りませんでした。これは, 先日拙宅を訪れた音楽好きの友人の感想も一緒でした。
友人が好きなバックハウス独奏ベーム指揮ウイーンフィル演奏の「ブラームス/ピアノ協奏曲第2番の第3楽章」 を比較試聴したとき,811APPではチェロとオーケストラとの掛け合い, オーボエの情感あふれる響き等が透明感は高いのですが,ブラームス特有の響きの点でやや物足りませんでした。 この点,上杉300BPPの懐の深い充実した響きには感服いたしました。 しかし,これは値段(上杉300BPPは136.5万円です)を考えると仕方がないことでしょう。

 ということで,タンノイでクラシックを鳴らすよりは, JBLのオリンパスS8Rでジャズを颯爽と鳴らす方が合っていると考え,811APPアンプはJBLのメインアンプとしました。
以下はオリンパスS8Rを鳴らしたときの感想です。

 キース・ジャレット「ケルンコンサート」
演奏開始早々(5,6秒後)の2回の笑い声(最初は女性か?2番目は男性)の分解能の高さが素晴らしい。 笑い声がスピーカー上面の50cmぐらいの位置にリアルに定位する。3'00"〜7'12"にかけて, 張りつめた緊張感がそのまま音楽なったような強靱なピアノのタッチとキースの ささやき・せき払い・叫び声がピアノの楽音とよく分離され中空に浮かぶ様は圧巻である。

 ライオネル・ハンプトン「スターダスト」
ハンプトンの硬質なヴァイブラフォンの音が飛んできます。 音が顔にぶつかるような錯覚がしますが,大変気持ちが良い。 9'50"からのヴァイブラフォン独奏は,スピーカーの前60cmぐらいの位置で実際に演奏しているような感じである。 モノラル録音であることをハンデと感じさせず,ハンプトンのだみ声や笑い声が気味が悪いくらいリアルである。

 ホリー・コール「ドント・スモーク・イン・ベッド」
3曲目 Get out of town 冒頭のパーカーションの実在感が素晴らしい。 大型スピーカーは小音量でも音像の実在感が失われないのが特徴であるが, その良さを十二分に引き出している。ボーカルはスピーカーの前, バックはボーカルの背後に定位し,理想的な演奏である。

 八城一夫「サイド・バイ・サイド2」
3曲目 So tired ベースが等身大で再生される。演奏の最後,ピアノの打鍵の後, 中空に消えてゆくピアノの余韻(少しキィーンというきつい高音も!)がとても明瞭に聞ける。 7曲目 When I grow too old to dream 羽毛のようなシンバルの余韻が聞ける。 この余韻を聞くと高域の分解の高さが実感できる。

 Jazz at the Pawnshop(PROPHONE PRCD7778)
3曲目「High Life」スタート直後のタンバリン奏者が演奏と一緒に移動してゆく様子や 演奏の際の手の動き等が目に見えるようである。5'02"からのドラム演奏は実物大である。 音離れが良いので中空に音がポッと浮くが,音像の実在感がコンデンサ型SPとは桁違いで (以前マーチンローガンのCLSを使っていたことがあります), JBL特有の重い高音そして抜けの良いブラスの響きが聞ける。 4曲目「Jeep's Blues」背後から聞こえてくるグラスを洗っているような音 (グラスとグラスがぶつかる音)がとてもリアルである。

まとめ
 とにかく,スピーカーからの音離れが良くスピーカーに音がへばり付くようなことがない。  直接音と間接音の分離が良く,それは楽音と背後で鳴っている暗騒音の分離の良さで感じることができる。 それらは,上記の試聴CDの感想で十分理解して頂けると思います。
 811APPアンプは,野球のピッチャーに例えると剛速球中心の本格派ですが, 変化球を交えての変幻自在なピッチャーではないようです。上杉300BPPアンプは, ストレートもカーブもチェンジアップも何でもござれの熟年ピッチャーといった所でしょうか?  オークションからの落札でしたが,本当によいアンプを手に入れたというのが実感です。
今後とも,DG-38の調整を図りより良い再生を目指したいと思います。ありがとうございました。

メインシステム
ADプレーヤー:ノッティンガム スペースデッキ&ガラード 301
カートリッジ:オルトフォン SPU-GE,ライラ クラビスDC など
マスタークロック・ジェネレーター:G-0S(P-0Sと同期)
CDトランスポート:エソテリック P-0S(アップ・サンプリング バージョンアップ済み)
DAコンバータ:マークレビンソン No.360L
プリアンプ:マッキントッシュ C-42
フォノイコライザー:上杉 UTY-6
アコースティック・イコライザー:アキュフェーズ DG-38
パワーアンプ:上杉 U-BROS21(300B PP)
メインスピーカー:タンノイ ウェストミンスター・ロイヤル&JBL オリンパスS8R

以上、以前にWE91Bタイプの試聴記もお寄せくださった茨城県水戸市のKさんから のレポートでした。


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